有頂天

有頂天

80年代前半、シンセサイザーを多用した独特のサウンドにシュールな歌詞を載せた曲を発表し、注目を集めた。

結成当時はコミカルな要素が強かったり、ライブに演劇を持ち込むなど他のバンドとは一線を画した世界観を展開する。

度重なるメンバーチェンジによる音楽性の変更などがあったが、第4期からは演劇要素などを一切排除し、独自の音楽性を追求していく。

一方Voであるケラは、自身のバンド有頂天だけでなく、他バンドのプロデュースや別名義での映画監督をこなすなど、バンドの枠に収まらない多才な才能を見せ、日本のインディーズシーンを牽引した。

それと同時期に、NHKで放送された「インディーズの襲来」で取り上げられ、85年発表のチューリップのカバー曲である「心の旅」は、インディーズでありながら、オリコンチャートにランクインするなど一気に人気が上昇し、86年にキャニオンよりBYE-BYEでメジャーデビューを果たす。

その後、88年に汐留PITで行われたイベントROCK FILE ’88で、進行が押した為、トリだった有頂天が予定曲を大幅に削られ、2曲しか演奏出来なかった事に怒った観客達がパイプ椅子を投げるなどし、600脚もの椅子が破壊されたのは伝説となっている。
91年に解散した後、94年と97年に、それぞれ1日限りの再結成ライブを敢行し、14年に後期メンバーによるライブで再結成を発表し、翌年にはミニアルバム「lost & found」をタワーレコード限定で発表し、本格的に活動を再開させた。

有頂天 × ラフィンノーズ 30年ぶり奇跡の2マン

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